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社長の経営日誌

孤高の天才 社長の経営日誌 田宮社長が好き勝手に織りなす独白です
 FILE No.502 2016.12.17

「 STRONG STYLE HISTORY(1) 」

今から13年も前、2003年の10月のある月曜日の朝の話です。
時間はまだ6時台、私は会社に行く為早めに家を出ました。駅までは徒歩5分程の距離ですが、突然路地から大柄の男性が現れたのです。
(あっ、上井さんだ!)
それは紛れもなく雑誌のインタビューやテレビ中継の解説などでもお馴染みだった当時新日本プロレスのフロント、上井文彦さんに間違いありませんでした。
私は行けなかったのですが前日の日曜日、新日本プロレスは神戸ワールド記念ホールで試合を行っていたのでプロレスラーや関係者が大阪にいても別に不思議はないのですが、何でよりによって私の家の近所に上井さんが!?
一瞬目が合いましたが、あまりの衝撃に固まってしまった私をよそに上井さんは何と女性と一緒に待たせてあったタクシーに乗って立ち去りました。

その二年後の2005年、私はふとしたきっかけから佐野先生の針治療に通うようになり 先生もプロレスマニアと知って意気投合しました。
その頃既に上井さんは新日本プロレスを退社していましたが、この佐野先生が上井さんと面識があるので今度紹介しますと言ってくれたのです。
佐野先生に家の近所で早朝に上井さんを目撃した謎を問いかけたら「それは僕からは聞けませんので直接本人に聞いてください。」と言われたものの(笑)私の事は伝えてくれて、一度三人でお茶でもと言う話になったのですが皆さんなかなか多忙で予定が合わず延び延びとなり、月日だけが流れて行きました。

2008年の3月、有明コロシアムにIGFを観に行った時用事があって会場を訪れていた上井さんを目撃、千載一遇のチャンスとばかりに話しかけここでようやくご挨拶が出来ました。
それから何度かお会いするようになったある日、思いきって私の長年の疑問をぶつけてみました。
「あのう、私城東区の蒲生四丁目の近くに住んでいるんですけど…」と5年前の早朝に何で上井さんがあの場所にいたのかを問い質してみました。
「ハイ、私の家はあのへんですから。」
ズルッとずっこけそうになったのは言うまでもありません(笑)。
だいたい(当時)メジャー団体のプロレスラーや関係者は東京近郊に住んでいるものと思っていましたのでまさかこんなご近所に…と驚きました。
尚、一緒に車に乗った女性は奥様である事が判明、メデタシメデタシです(笑)。
それからはチケットの購入をお願いしたり、2009年にはドラゴンこと藤波選手を伴って来社してくださったり(FILE No.121「炎の飛龍、来社!」参照)、 2010年には小島聡選手との食事の席に呼んで頂いたり(FILE No.145 (プロレスとは何か?)参照)と大変お世話になって来ました。

今年の夏、上井さんから久しぶりに呼び出しを受けました。

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 城東区役所内にある
城東区民センター ホール

現在はプロレスと全く関係ない仕事をされている上井さんですが、何と12月に我々の地元の城東区民ホールにて約8年ぶりに自主興行を開催したいと言う話でした。
城東区民ホールは私の家の目と鼻の先でしたが2015年に閉館、新しく出来た城東区役所の中の城東区民センターに統一され、おかげで徒歩数分とますます私の家から近くなりました。以前は頻繁にインディや女子団体が使っていたのに移転してからはプロレスが来ないな〜?と疑問に思っていたら、上井さんと話してその理由がやっとわかりました。
実はこの会場、一切の物販が禁止なのです。 城東区民ホール時代も本当は禁止だったらしいのですが、各団体もとも堂々と?場内でキャラクターグッズを販売、当時は担当者も黙認してくれていたそうですが、区役所の上に移転してからチェックが厳しくなったのです。
プロレス団体にとってグッズの売り上げは貴重な収入源、それがNGとなると敬遠するのも無理なしですが、でもねえ、区民センターって我々地元民の税金で運営されているんでしょ?それならプロレスにもどんどん貸出して稼働率あげてナンボじゃないですか。
ケツの穴の小さい事言ってんじゃねえ!区民の高額納税者(何処が!笑)として声を大にして訴えたいですよ。
それはともかく上井さんが手掛ける興行ですが、上井さんは法人ではなくあくまで個人で会場を借りる申請をするので、もし許可が下りるのが難航するようであれば(前述の融通の効かなさを思えば十分あり得る)私から一言推薦が欲しいとの事でした。
地元の優良納税者(もういいっての!)で経営者のはしくれの口添えがあれば申請も通りやすいとの事でしたが、そのぐらいならお安い御用ですので快く承知しました。
結局、後日上井さん一人であっさり貸し出しOKが出たとの事で私の出番はなく、無事開催にGOサインが出たのです。

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 ストロング・スタイル・
ヒストリーのロゴマーク

正式発表前にコンセプトをお聞きしましたが、大会名は「STRONG STYLE HISTORY」(ストロングスタイル・ヒストリー)…タイトルに相応しく上井さんの原点である新日本プロレス、そして一時期在籍した第1次UWFのOBでフリーランスの選手を中心にマッチメイクすると言う事でした。
そして大会名にはサブタイトルとして「GO FOR BROKE!FOE EVER!

(ゴー・フォー・ブローク! フォーエバー!)の言葉が添えられました。 「GO FOR BROKE」(当たって砕けろ)と言えば昭和のプロレスファンなら皆知っている「獄門鬼」マサ斉藤さんの口癖、そう、今回はマサさんを激励する為のイベントなのです。

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 大会ポスター、目玉はマサ斎藤激励イベント!

マサ斉藤選手はフリーの一匹狼として日米を股にかけて活躍、巌流島でのアントニオ猪木戦(FILE No.274参照)はあまりにも有名ですが、99年に現役を引退した後パーキンソン病を発症、現在も苦しい闘病生活を続けています。
この病気だけは完治が難しいとまで言われる難病、今回マサさんを元気づける為のイベントと言っても体調次第では肝心の主役が来場出来ないリスクもありました。

そして大会に花を添えるゲストも超豪華、その目玉は何と初代ブラックタイガーことマーク・ロコの26年ぶりの来日です!
知人に「ブラックタイガーが来るぞ!」と話したら「海老が来るんですか?」だって(笑)、バカヤロ〜、「暗闇の虎」ブラックタイガーと言えばダイナマイト・キッド、小林邦昭と並んで初代タイガーマスクの三大好敵手と言われた名選手だよ!

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 初代ブラックタイガー、26年ぶりの来日直前、
G・スピリッツには
独占インタビュー掲載

初代タイガーマスクこと佐山サトルさんの来阪も決まっており往年のライバルの再会がわが地元で実現する運びとなりました。二人の激闘をリアルタイムで観て来た者には堪りません(涙)。

さて、ある日上井さんとお茶を飲んでいた時、私が何気なく思いつきで「どうせなら海賊男を出したら面白いですよね。」と言った一言が上井さんのアイディアに火をつけてしまいました。
マサさんと言えば何と言ってもこのブログのタイトルを飾っている海賊亡霊との因縁、大阪城ホール暴動の悪夢(FILE No.401「海賊亡霊の事件簿」参照)が蘇ります。因縁の大阪で再び二人が対峙するとなるとこれはロマンですが、このアングル完遂には海賊コスチューム一式が欠かせません。
以前にもちらっと書きましたが実は私、もうかれこれ18年近く前独自にこの衣装を買い揃えた事がありました。
ジェイソンマスクは梅田のスポーツショップで確か8800円ぐらいで購入、もうあの当時でもアイスホッケーであんなマスクを使う事など無くなっていたので既に製造中止の希少品でした。白のワイシャツはよくダンサーが着用しているもの、頭の赤いターバン?は何処かのホームセンター、ステッキ、と比較的容易に手に入りましたが、苦労したのはチョッキでこれだけは特注しました。
古くからの猪木塾生仲間は私がこの衣装を身を纏い海外の地で無謀にも猪木塾長を何度も襲撃した(一度はサムライTVでオンエア!)のはよくご存知です(今思い出すと我ながら赤面もの 笑)。
因みに正真正銘本物、オリジナルの海賊衣装はリングアナの田中ケロちゃんが長く保管していたそうで、ご本人が随分昔にコラムで書かれていたのを記憶していたので、上井さんと知り合ってから田中さんに連絡をとってもらい譲って頂けるよう交渉したのですが、残念ながら引越しの際に処分してしまったそうです。ああ勿体無い!

後日、正式に上井さんから海賊衣装貸出しの連絡がありましたが、最後に使って以来15年も封印して来たので、私も実家の何処にあるかわからず慌てて母親に連絡して家中を探索してもらい無事発掘に成功しました。
それからしばらく経って11月4日付け大阪スポーツの裏一面に「12.2大阪で29年前の悪夢再び!正体不明海賊男ガスパーX、マサ斎藤襲撃予告」の大見出しで衝撃の記事が掲載されました!

「それは大スポ編集局入り口のドアに差し込まれていた。一枚の写真と一枚の英文書。写真はアイスホッケーのマスクと映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジャック・スパロウ船長のような衣装が写っている。そして英文にはこう書いてあった。」
「2016年凶日 大阪スポーツへ 警告 12月2日 俺はマサ斎藤を襲撃し覚醒させる。やつがどこにいようとな。
1987年3月26日、大阪城ホールの地獄を覚えているか。お前はあの時ビリー・ガスパーの呪いにかかり観客に醜態を見せた。今回ガスパー一族を代表し、もう一度お前の前に姿を現す。お前はもう逃げられない。」
英文の最後にはガスパーXの署名があったとの事ですが、襲撃予告を聞いてリハビリ中のマサさんは「ガスパー、あの野郎。カモン、ガスパー」と目を見開き即座に反応したとの事、マサさんの闘志に火をつける事に成功しました!
それにしても大スポに掲載された海賊衣装の写真は私が撮影して上井さんに送ったものがそのまま使われていて大笑いしたものです(笑)。
果たしてガスパーXの中身に上井さんは誰を考えているのか? 何やらビッグサプライズの予感、当日が楽しみになって来ました…。

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大阪スポーツ11月4日号  海賊ガスパーXからの
予告状
 私が撮影した海賊衣装一式の写真がそのまま新聞紙上に(笑)
(次回へつづく)
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