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社長の経営日誌

孤高の天才 社長の経営日誌 田宮社長が好き勝手に織りなす独白です
  FILE No.595 2018.10.13  

「 WWE日本公演(6) 」

 600回までM5 

(前回からの続き)

8月最後の日は年に一度のお楽しみ、WWEの大阪公演に行って来ました。
2014年に10年ぶりで行われた大阪公演、翌2015年は見送られたものの2016年(*NXT)から三年連続での開催となり地元民としては喜ばしい限りでしたが、実は今回の公演、当初私は不参加の予定でした。

1998年4月4日は「稀代の英傑」アントニオ猪木が引退試合を行った記念すべき日、その20周年を祝し今年の同日、ホテルオークラにてパーティが行われました。
私は翌日から渡米の為、断腸の思いで欠席しましたが(涙)ここで8月31日大田区総合体育館で「INOKI ISM.3」の開催が正式に発表されました。
昨年10月の「生前葬」(FILE No.551 参照)以来の同大会は「ブラジル日本移民110周年記念」と銘打ち、日本とブラジルの全面対抗戦形式で行われる事が告げられ、パーティに行けなかった私としては絶対観戦に行くつもりでしたが、6月になって同日にWWE大阪公演が発表され思わず天を仰ぎました。
猪木様の大会は絶対に外せないので迷いは一切無かったのですが、年に一度WWEが地元に来てくれるのに行けないのは辛い(涙)…不謹慎な話、どちらかの大会が延期にならないかと真剣に願ったものです。

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 正式発表された8.31は幻に…

ところが「INOKI ISM.3」は4月4日の発表後、何の音沙汰も無くなってしまいました。5月、そして6月になってもチケット発売の概要すら発表されず、だんだん不安になって来て友人を通じて関係者に探りを入れてもらったところ、「チケット発売は6月末を予定している」との返事で、これで少し安心しました。さらに「スコット・ノートンの来日が内定」の情報も入手しましたが、6月が終わりに近づいても正式発表はなくなしのつぶてで、この時点で私は恐らく中止だろうと踏んでいましたが、それなら一刻も早く中止宣言をしてくれ!の心境、WWEの方は既に前売りが開始されており早くチケットを抑えたかったからです。
結局7月12日になって以下のリリースが流れました。
「(前略)8月31日に予定しておりました「INOKI ISM.3」は日伯選抜選手の選定に更なる時間を要する事や東アジア情勢の変化でアントニオ猪木自身が多忙な状況となり、誠に残念ですが延期させて頂きます(後略)」 力が抜けましたが、これだけ何ヶ月もあって選手の選考に時間がかかるって(苦笑)…、大口のスポンサーとの契約がまとまらず無理に強行して赤字を被るのを避けたのが実態のような気がしますが、私がWWEに行けるようになった事を差し引いても延期で良かったですよ。伝え聞くところによるとこの時期猪木さんは体調があまり良くなかったようですし、是非万全な時期に仕切り直して欲しいものです。

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 一度は諦めていたWWE大阪公演

私の当初の計画は31日の「ISM」、翌9月1日は両国でノアが行うビッグマッチと高円寺のスネークピットでのダンプ松本&ブル中野トークイベントに行くつもりでしたが、本命の「ISM.」が無くなった為上京そのものを取りやめ、WWE大阪に集中する事にしました。

試合当日は夕方に心斎橋のHMVで行われたボビー・ルードの撮影会に行きましたが、お会いした友人のMさん、これから夜勤で試合は観られないものの仕事の後に上京し前述のダンプ&ブルとノア両国をはしごするとの事、さらにオドロキはやはりご一緒したSさんで、WWE後に夜行バスで上京してダンプ&ブルイベントへ、それもトークが目当てでは無く、その会場で先行発売される来年の天龍&前田イベントのチケットを買う事が目的と言うので口あんぐり…幸いにも私は直前で東京の友人と連絡が付き購入を依頼しましたが、まさかチケット買う為だけに東京に行くとは全くの想定外、いや〜、マニア連中にはほんと叶いませんわ。

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 グローリアス♪ ボビー・ルードと

さて、撮影会ですが、先月の渋谷でもそうだったようにHMVのイベントとなると何故かカメラは禁止、スマホかタブレット限定、この日は事前に案内は無かったものの当日始まる前に係員が「スマホでお願いします。」と言い出しました。
いささか不満でしたが、周りも誰もカメラを持っていないので「郷に入れば郷に従おうと」、私も一眼レフカメラをしまいスマホで撮影したものの、よく見てたら私の後の人の何人かは普通にカメラで撮ってるじゃないの? どうなってんだよHMV!?

撮影会終了後はそのまま歩いて大阪府立体育会館へ…今回はRAWのメンバーによるハウスショーで、当初前売りは苦戦しているとも聞いていましたが蓋を開けてみると二階の端っこ以外は埋まっており、大阪公演を続けてもらう為に何としても盛況であって欲しいと願っていましたので一安心でした。
今回は前述のように「ISM」の延期宣言を待っていた為、先行発売日から一か月ほど遅れてチケットを購入した為、あまり前の方が取れませんでした(5列目)。
いよいよ試合開始、例によって一眼レフで写真を撮っていたらチョンチョンと肩を叩かれ振り向くと係員が「すみません、スマホはいいのですが、一眼レフは駄目みたいなんですよ。」
日本公演のカメラ規制、去年ぐらいまでは「プロフェッショナルカメラ禁止」の看板やアナウンスが有り、「そもそもプロフェッショナルカメラの定義ってな〜に?」と一部ファンの間で物議を醸しました。
でも実際始まれば一眼レフを使っていても係員に何も言われず、今年の東京公演 (FILE No.586参照)に至っては看板もアナウンスも無くなり自由に撮り放題だったので今日も安心しきっていたのですが、何で東京がOKで大阪が駄目なんだよ!?

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 盛り上がった大阪公演だが係員の対応にはバラツキ?

この日の試合前も「写真撮影はOKだが動画は禁止」のアナウンスはありましたが、一眼レフが駄目とは一切言わず…もしそうなら事前に告知すべきでしょう。
二階で撮影していたSさんに聞くと二階の係員は黙認しているとの事、東京と大阪だけでなく一階と二階で対応が違うと言うのは(苦笑)…。
改めて周りを見渡すとその後は一眼レフを使ってる人に係員が注意している様子は無かったので、私もやや遠慮気味に撮影していましたが、数試合後に今度はアメリカから来たと思われる外国人スタッフに注意されたので、何とも割り切れぬ思いでカメラをしまいました。
面白かったのは私の二列前に座っていたお兄ちゃん、やはり一眼レフで選手の入退場時にはリングサイドにしゃしゃり出て撮影していたら大柄の黒人スタッフ(私に注意した人とは別人)から注意されていました。
その兄ちゃんもそこで自粛すりゃいいのに、その後また同じようにしたら、再び黒人さんに見つかりさあ大変、何と退場命令が出たのです!
黒人さんが日本人の係員を通じて「こいつを出せ!」のアクション、その兄ちゃんも係員に食ってかかってかなり揉めておりました。
結局退場は避けられたようで、流石にその後はその兄ちゃんもスマホで撮影していましたが、気になって全試合終了後に声をかけてみました。
「一回目の注意の後、近くにいた日本人係員に撮っても大丈夫か?と確認してOKと言ったので撮っていたらまた怒られた。これまでの日本公演、先月の両国でも何の問題も無かったのに今日に限って駄目とはおかしい。どうしても退場しろと言うなら帰るが入場料を返してくれと要求したら急にむこうが折れて、残ってもいいがそのカメラは使わないでくれと言われた。」
大体見解は私と同じで、話の筋は通っていると思いました。
アメリカの場合はテロ対策から持ち込み品の規制がかなり厳しく透明のビニールバッグにスマホ、せいぜいコンパクトカメラぐらいしか持ち込めないので私もそうしています。
これはWWEと言うより、使用するスタジアムやアリーナのルールが適用されているようですが、日本の場合はドームだろうが何処だろうが、私の知る限りそんな規制はありません。
新日本プロレスを始めどの団体も動画は禁止ですが撮影はOK、一眼レフも自由に使えますのでWWEだけが駄目と言うのはどうにも不可解です。それこそ郷に入っては郷に従って欲しいものですよ。
撮影会も試合もこの日はスマホ&カメラ問題に振り回された感がありましたが、試合の方は相変わらずのクォリティ、3時間10分きっちりと魅せてくれました。
WWEスーパースターズはロンドンでの公演を終え来日したのは今朝の6時、そして台湾公演の為出発は翌日の午前中、つまり日本での滞在時間はほぼ24時間!一体この人達はいつ寝ているのでしょうか!?
是非来年も大阪に来て欲しいものですが、下手に揉めたく無いので次回は二階で観ようかなと(苦笑)。 そんなわけでこの日は席が遠かった事も相成って殆ど選手の入退場時の写真しか撮れませんでしたが、ダイジェストをまとめて見ました。
こちらをクリック

大会は延期になったものの、ちょうどこの文章を書いている日(9月6日)、猪木議員は北朝鮮に出発しました。

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 20年前、猪木様との初の
ツーショット!

腰の手術から退院したばかりで車椅子姿がニュースで流れショッキングでしたが、賛否両論ある中何としても対話の糸口を求める姿勢に感動、まだまだ日本に、そして世界に元気を発信して欲しいものです。
そこで最後はとっておきの秘蔵フォト、私と猪木様の生涯初のツーショット写真を披露しましょう。撮影は今からもう20年も前、サンタモニカの海岸でしたが、私も猪木様も若い(笑)! まだまだ闘魂は燃え続けます!!

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