包装資材の専門商社 タミヤ

ホーム タミヤのチカラ 商品ラインナップ 環境保全活動 会社情報 お問い合わせ

会社情報

Home > 会社情報 > 社長の経営日誌
会社概要
主要販売・仕入先
社長の日誌

社長の経営日誌

孤高の天才 社長の経営日誌 田宮社長が好き勝手に織りなす独白です
  FILE No.643 2019.9.14  

「 1985年の長州力(1) 」

9月も早や第2週、ここからは未だ積み残しの7月ネタをまとめて放出します。
20日は私めの34歳(もういいっての!笑)の誕生日、別にそれに合わせてくれたわけではないですが(笑)我らが森咲智美ちゃんが関西のパチンコ店(計3店舗)に登場しました。嬉しい事におめでとうメッセージを頂きましたのでこの三週間後、今度は彼女のバースデーにしっかりお返しさせて頂きましたよ(笑)。
森咲智美 IN 関西はこちらをクリック

翌21日は日帰りで東京に出撃、天龍源一郎&長州力、夢のトークバトルに参戦しました。
長州さんは引退試合(FILE No.639,640
「革命戦士の最後」参照)から丁度一か月でまだまだ旬の時期、ましてやこの二人の組み合わせですからチケットはあっという間に完売、これまでの天龍プロジェクト主催イベントの中でも最高の大入りとなりました。
そこで今回はイベントの模様を絡めつつ前回の特集では殆ど触れなかった「全日本プロレス(*所属はジャパンプロレス)時代の長州力」を振り返ってみます。

全日本プロレスでジャンボ鶴田と鶴龍コンビを結成し売り出し中だった天龍さんと、新日本プロレスで革命戦士として人気絶頂だった長州さん、トークの冒頭でも語られましたが、お二人の初対面は1983年12月21日、プロレス写真記者クラブによる第1回の写真展の時でした。
天龍「同じ頃に別の会で俺と長州選手と女子プロのダンプ松本選手が同席した事があってね。当時あちこち突っ張っていた俺は“何だい、女子も一緒かよ”って思ってたら、いきなり長州選手がワンオクターブ高い声で“ダンプちゃん元気?”とやっているのを見てリング上とのギャップにずっこけた(笑)」
長州「源ちゃんはそんな事よく覚えているなあ、俺は全く記憶に無い(笑)」

 クリックで拡大
 現役時代、宿命のライバル対決を繰り広げた二人

過去両雄のトークや取材インタビューを目にしたファンならご存じでしょうが、天龍さんは全般的に昔の事をよく記憶しているのに対し長州さんは殆ど覚えていない、そもそもプロレスの話を嫌がります(笑)。
団体は違えど初対面から意気投合した二人はその後飲み友達となりました。
長州「巡業で地方を回っていると年に何回か新日本と全日本の日程がぶつかる事があって、その日が休みだったりするとどうやって連絡とり合ってたのか覚えてないけど(携帯電話の無い時代)源ちゃんとはよく飲みましたよ。(酒が強いのは?)そりゃあ俺でしょう(笑)。」

今年6月の東スポに「天龍が初公開!馬場さんの長州獲り密命」と題したインタビュー記事が掲載されました。 記事を要約すると、
「これは初めて話すんだけど、俺が(84年初頭から)長州選手と飲みに行っている事を知った馬場さんから“おまえ、長州と仲がいいらしいな。全日本に来ないか聞いてくれないか”と唐突に頼まれた事がある。そこで長州選手に電話して伝えると“源ちゃん、俺は今新日本に満足してるからいいよ”と言われてその話は一度立ち消えになった。
結局数か月後には馬場さんとジャパンプロレスの大塚(直樹)社長の話し合いで長州選手が全日本に上がる事になったけど、心の片隅にでも俺の誘いの言葉が残っていて全日本を選んでくれたのならこんなに嬉しい事はない。」
天龍さんが全く根拠の無い話をするわけがないですが、最初にこの記事を読んだ時は正直かなり盛った話だなと感じました。あるいは馬場さんが冗談で言った事を真に受けたのかと(笑)。新日本と全日本の間で引き抜き防止協定の骨子が出来ていた頃なので、馬場さんの方から引き抜きに動くとはどうしても考えにくかったからです。
全日本とジャパンの業務提携の最初の話し合いが行われたのは84年5月27日(正式会見は6月22日)、そしてジャパンが新日本と絶縁し選手の引き抜き宣言をしたのが8月27日でした。
「実は維新軍団(長州力、谷津嘉章、アニマル浜口、小林邦昭、寺西勇)5人全員こちらに移籍が可能なんですが、と馬場さんに話したら是非それはやってくれというニュアンスでした。でも馬場さんとしては長州一人が一番有難いと言いたかったんじゃないかと思います。」(大塚社長)(双葉社「俺たちのプロレスVOL.11」インタビューより)
ひょっとすると馬場さんは天龍を通せば長州の一本釣りが出来ると思ったのでしょうか??

契約問題をクリアした長州力とジャパンプロレス勢は翌85年1月2日より全日本プロレスのシリーズに本格参戦、ここに両団体の全面対抗戦の火蓋が切られました。
ところで長州のテーマ曲と言えば「パワーホール」があまりにも有名ですが、全日本参戦当初は全く違う曲だったのをどのぐらいの方がご存じでしょうか?
2試合ほど使ったところで長州自身が「(用意してくれた)日本テレビには悪いが俺に合うのはやはり前の曲だ。」と異議申し立て、すぐに「パワーホール」が復活しましたが、長州は入場テーマやコスチュームに拘らない人と思っていたのでかなり意外で嬉しかったです。
因みに長州の記念すべき日テレ初登場となった85年1月5日放送の「全日本プロレス中継」では同3日・後楽園の「天龍源一郎・大熊元司 VS 長州力・アニマル浜口」が録画中継されましたが、その時点ではまだお蔵入りとなった曲を使用していた為、入場シーンがカット(録画なら上から「パワーホール」被せて編集しろよ!)、但しCMに入る前のスローモーション時のBGMとして幻の曲が10数秒ほど流れていました。
それにしても今になって思うのは、よく全日本で「パワーホール」が使えたなと言う事です。私のお気に入りのディーン・アンブローズがWWEを離脱、ジョン・モクスリーと名前を変えて新日本プロレスに参戦していますがWWEが権利を持っている関係でリングネームはおろか、テーマ曲、必殺技の名称まで変更を余儀なくされているのを見ても分かるように、「パワーホール」も「新日本プロレス・スーパーファイターのテーマ」(キングレコード)用に制作されたオリジナル楽曲ですから、普通なら全日本では使用出来ないはずです。ひょっとしたら日本テレビはそれを見越して違う曲を用意したのかもしれませんが、別段問題なく使えたという事は、当時はそのへんの権利関係もあやふやで緩かったのでしょう。昭和は大らかな良い時代でした(笑)。

私は「全日本プロレスでの長州力」見たさにシリーズ第5戦(1月6日)の大阪府立体育館に出かけましたが館内は凄まじい大入り、これまで大阪は特に新日本が強く全日本は大きく水を開けられていましたが、長州効果で初めて超満員となりました。
パンフレットを購入して対戦カードを見るとセミファイナルが「ジャンボ鶴田、天龍源一郎、石川隆士VS長州力、谷津嘉章、寺西勇」、メインが「ジャイアント馬場、ザ・グレート・カブキ、渕正信VSタイガー・ジェット・シン、ジプシー・ジョー、鶴見五郎」となっていましたが、いざ試合が始まるとメインとセミの順序が入れ替わりました。

 クリックで拡大
 同じ写真が鶴田はNG

これは会場入りした長州が対戦カードを見て「う〜ん、俺たちの評価はこんなに低いのか?これじゃあ鶴田や天龍だってやる気が出ないだろ。」とまたも異議申し立てた事によるもので、長州の意を組んだジャパンの参謀・永源遥が馬場代表と話し合い順序が変更になったのです。観客の盛り上がりを見てもこの入れ替えは大正解で、そもそも何故当初は馬場組VSシン組がメインだったのか理解に苦しみますが、そこが外国人選手のプライドを重んじる馬場さんらしいところ、実際このシリーズの試合記録をチェックすると長州とシンがほぼ日替わりで交互にメインを務めているのがわかります。
外国人だけでなく日本人の格をも重んじる全日本にはジャンボ鶴田は長州力より格上の意識があり、週刊ゴングがシリーズのポスターを持った長州の写真を撮影し、今度は鶴田にも同じ事をお願いしようとしたところ、「鶴田と長州が同格と思われるような写真は困る」とクレームがついたとか(笑)。
鶴田自身も「自分の目標はあくまでNWA世界ヘビー級王者となる事、数ある多くの敵の中に長州が入ってきたという感覚です。」と公言していましたが、対照的に長州との戦いの最前線に立ったのが半年前まで飲み友達だった天龍で、1月シリーズでは連日のようにタッグマッチで火花を散らし、ジャパンプロレスの主催興行である2月21日・大阪城ホールでシングル対決が実現しました。

 クリックで拡大
 クリックで拡大
 全日本時代(85〜86年)の通算対戦成績は天龍の2勝(いずれも反則勝ち)1敗

大注目の一騎打ちは長州が当時はまだ珍しかったエプロンでのバックドロップという仰天技を放ち、そのままリングアウトで勝利、
天龍「あれはもうこのままいっちゃうなっていうぐらい恐怖心がありましたよ。リングの下に落ちたけど怖くて上がれなかった。今でも覚えていますよ。」
再戦は6月21日の日本武道館、今度は全日本のリングで行われ長州が暴走し天龍が反則勝ちとなりましたが、試合終盤には天龍がお返しとばかりにえぐい角度のパワーボムを放ち、長州は首を痛めました。
長州「あれ、故意だよね(笑)。間違いなくアキラと一緒だ、間違いない。」(*後の前田日明による顔面無法キック事件)
天龍と言う良きライバルを見つけた長州は、一方で全日本の最後の砦、ジャンボ鶴田の引っ張り出しにも成功しました…。

(次回へ続く)
<過去の日記>
サイトマップご利用にあたってプライバシーポリシー

(c) 2007 TAMIYA.Ltd