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社長の経営日誌

孤高の天才 社長の経営日誌 田宮社長が好き勝手に織りなす独白です
  FILE No.570 2018.4.21  

「 ツーショット特集!(9) 」

まずは冒頭からお詫びと訂正、昨年のブログ (FILE No.541543「猪木イズム」参照)で、ネット情報を元にご紹介した、「カール・ゴッチから猪木さんに渡り現在は古舘伊知郎さんが所有している“真の世界ヘビー級”のチャンピオンベルトがテレビの「なんでも鑑定団」で600万円の値がつき、新日本プロレスから古舘さんに返還要求があった」のエピソードですが、偶然にも古い週刊プロレスをチェックしていてこの番組に関する記事を発見、これによると番組がオンエアされたのは95年の10月で鑑定価格は140万円でした。
140万と600万ではあまりに開きがありますのでネット情報もあてにならないものと痛感、こうなると「新日本からの返還要求云々」もかなり「盛った」、早い話ガセネタの可能性が大です。
当時私も番組を観ていたものの20年以上も前ですから値段まで記憶になく、誤報を掲載した事をお詫び致します。
改めて正真正銘の本物が140万とは逆に安すぎる気もしますが、あくまで95年当時ですから今なら本当に600万以上の値がつくかもしれません。
因みにこちらも同じ回で紹介した、IGFが猪木夫人を訴えた裁判ですが、この度和解が成立、猪木さんが保有する同社の全株式を売却し、同社は社名変更のうえ猪木さんと全く関係なく活動を続行していく事になりました。こちらはガセではなく最近正式にプレスリリースされた話、何はともあれメデタシメデタシです。

そしてもう一つ、こちらは私事ですが、先週の回(FILE No.569参照)で「私の人生初の日本武道館は88年8月29日のブロディ・メモリアル」と書きましたが、すみません、その二ヶ月前の6月10日、同じく全日本の大会に行ってました(笑)。
これまた偶然にも先月「スカパー!」で同大会の試合がオンエアされていて思い出した次第、自分の記憶力の悪さがお恥ずかしいですが(汗)何分30年前の話ですからご勘弁を(苦笑)。

さて今回は「ツーショット特集!」、このタイトルを使うのは半年ぶりですが、今や殆ど毎週ツーショット特集みたいなもの?先月度の豪華ツーショット(&スリーショット)を一挙掲載致します。

19日は仕事でない私用で急遽上京する事になり、用事が終わればさっさと帰ればいいのに後楽園ホールで全日本プロレスを観て来ました。
元々来る予定がなかったので久々に当日立見券を購入、最後列の席が空いていたので座って観戦、もっとも新幹線の最終の時間があるので最悪は途中で出るつもりでしたが、スムースな進行で無事最後まで観られました。

試合前の撮影会は第81代世界タッグ王者チームのザ・ビッグガンズ(ゼウス&ザ・ボディガー)が登場しましたが、奇しくも前述の30年前の私の初の武道館大会のメインが、この世界タッグ選手権の誕生した試合でした。

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 第81代世界タッグ王者、ビッグガンズ、4本のベルトに威厳を感じます

当時の全日本には日本プロレス時代から続くインターナショナルタッグ選手権(当時の王者はザ・ロード・ウォリアーズ)と、84年に新設されたPWF世界タッグ選手権(当時の王者はジャンボ鶴田、谷津嘉章組)の2つのタッグ王座があり、統一の機運が高まった事からこの日ダブルタイトル戦が実現、反則勝ちながら鶴田&谷津がウォリアーズに勝利し、ここに両タッグ王座は統一され、新たに「世界タッグ選手権」として生まれ変わりました。
早いものであれから30年、現在もチャンピオンベルトは統一前のインタータッグ、PWF世界タッグの物がそのまま使われています。同じく翌89年にシングルの3つのベルト(インター、PWF,、UN)が統一された「三冠ヘビー級選手権」は数年前に新調された1本のベルトとなってしまい正直がっかりしたもので、タッグ王座だけはこのままずっと歴史と権威のある4本のベルトを受け継いで欲しいと思っています。
今回が通算4度目の戴冠となるビッグガンズと、何とかベルトを持って写真が撮りたいとずっと思っていましたので、ようやくこの日念願が叶いました。
しかもこの6日後のさいたまスーパーアリーナ大会で王者組はまさかの王座転落(崔領二、ディラン・ジェイムス組が第82代王者に)となりましたので、尚更この日のスリーショットは貴重な一枚となりました。

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生涯全盛期!石川修司選手と  TAJIRI選手とはこの翌々日にも遭遇…  この6日後、世界タッグ王者となるディラン・ジェイムスと

翌20日は仕事帰りに神戸三宮でプロレス観戦、これも当初は行くつもりは無かったのですが、特別参戦の金本浩二&大谷晋二郎選手が試合後にサイン&スリーショット撮影会の告知が流れ、急遽参戦しました(我ながら呆れる 笑)。

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 トンガリ・コーンズとのスリーショット、価格も良心的!

90年代の新日本ジュニア戦線を支えた通称・トンガリ・コーンズ、特に金本選手は「会場は試合をする場所」と滅多に物販やファンサービスをしないのでこんな機会は二度と無いかもしれません。しかもこのサイン&撮影のお代、たったの1000円ですよ!
どインディの無名選手ならともかく、これだけのビッグネームでこのお値段は超・良心的!他所なら確実に3〜4000円はします(笑)。
尚、小さなライブハウスで行われたこの日の試合(よくリングが組めたと感心)は夜8持のスタート、試合とサイン会が終わったら11時半を過ぎていました。
前夜も東京から帰って寝たのが1持過ぎでこの日も午前様、とにかく猛烈に眠かったです…(試合もど迫力!トンガリ・コーンズの熱戦はこちらをクリック

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 可児市文化創造センター
主劇場

二日連続の寝不足、翌日は「春分の日」でお休みですから「春眠暁を覚えず」の言葉通りやっと爆睡出来ると思いきや、この日も朝から“なごみーず”のコンサートで岐阜県可児市へ向かいました(読者の皆様よ呆れるなかれ)。
近鉄戦で名古屋に向かい名鉄線に乗り換え新可児(しんかにと読む)へ、電車内で束の間睡眠をとった事は言うまでもありません。
この日の会場である可児市文化創造センター(主劇場)に到着し入り待ちしていると1時過ぎに裕美さんたちご一行がやって来ましたがこの日は警備が厳しくて近寄れず、手を振るのみでした。
後でマネージャーさんにお願いして預ける形でサインを頂いたのは当時渡辺プロダクションのファンクラブの通販で購入したパネル、最近実家の押し入れから発掘したものですが何しろ35年も前ですから見つかった時はホコリで真っ黒、丁寧に拭き掃除しました(笑)。

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 35年前のパネルにサインを頂きました!

コンサート終了後はファン仲間数人と名古屋駅に先着、新幹線で東京に帰る裕美さんを見送らせて頂きました。
さて、見送りも終わったし私も大阪に帰るかと反対側のホームに行く為階段を下りたら、前からキャリーバッグを持って歩いてきたのは、あらら、二日前に一緒に写真を撮って頂いた(上記参照)TAJIRI選手じゃないですか!
この日は全日本プロレスが名古屋で試合をしていた為ですが、お電話中だったので話しかける事はしませんでした。しかしTAJIRIさん、歩きスマホは禁止でっせ(笑)!

ハードな三連戦が終わりしばし骨休め、月末には容器メーカーのエフピコの展示会、その他の用事で東京に出張しました。

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 トニー・セント・クレアー&西村修選手とスリーショット!
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 プライベートで来日のトニーさんにまさかここでお会いできるとは!神に感謝…

仕事の合間に水道橋から巣鴨に移転したばかりのプロレスショップ「闘道館」に顔を出した時、思いもかけぬ嬉しいハプニングに遭遇しました。
館長と店員さんの会話が偶然耳に入り、あのトニー・セント・クレアーがまもなく立ち寄る事を知ったのです!
英国の技巧派として80年代の新日本プロレスの常連だったトニー・セント・クレアー、日本では決してトップクラスの扱いは受けなかったもののまさに職人、名脇役と言える選手でした。タッグマッチで何度も猪木、藤波らと対戦、猪木の延髄斬りに派手に吹っ飛んでいた姿が印象深いですが、通算来日回数は実に19回ですから、いかに猪木さんが彼を重宝していたかがわかると言うものです。
そのトニーが前述の全日本さいたまスーパーアリーナでリングで紹介されたと言うニュースを聞いて驚きました。来場する事は勿論、日本に来ている事すら何の告知もなかったからです。友人が一緒に写真を撮っているのをSNSで見て羨ましく思い、私も会いたいなあと思っていたら、千載一遇のチャンスが来ました!
しばらく経つと、2月のDSW興行(FILE No.567参照)でレフェリーを務めていたガンダーラ鈴木さんが知人を伴って来店しました。
館長に用事があって来たとの事でしたが、私が「もうすぐトニー・セント・クレアーがここに来ますよ!」と教えてあげると私同様に大興奮(笑)、一緒に待つ事になりました。
4時半を回った頃、遂に待ち人登場!奥様とお嬢様、日本でのエージェントの方、同じくサポートをしている西村修選手を伴っての来店でした。
西村選手にお聞きした話ではこの前日(3月28日)がトニーの71歳の誕生日で、家族に「プレゼントに何が欲しい?」と聞かれ「もう一度思い出の日本に行きたい。」という話になって今回の家族旅行が実現したそうです。
異国で迎えたバースデーは西村選手の音頭で、小林邦昭さんやヒロ斎藤選手、外人係だったミスター高橋レフェリーら”戦友“が集まり楽しい一時を過ごしたとか…。
その時店内にいた客は私とガンダーラ鈴木さんとそのお連れの方のみで、トニーを独占し放題(笑)?ご本人もご機嫌でサイン、写真と神対応してくださいました。
尚、トニーの娘さんは“ストーンコールド”スティーブ・オースチンのファンだそうで、しっかりフィギュアを買っていました(笑)。
翌日には帰国するというトニー一家…私がこの日「闘道館」に来たのも全くの偶然ですからまさに神のお導き、自分の運の強さに感謝です。
ノリノリでポーズを決めてくれたトニー・セント・クレアーの雄姿をご覧ください。
(こちらをクリック

予期せぬサプライズに大喜びした後は後楽園ホールに向かいリアルジャパンプロレスを観戦しました。東京の後楽園のみ、それも平日開催という事もあって私が同団体を生観戦するのは(多分)2012年の初代タイガーVS大仁田(FILE No.280 参照)以来6年ぶり!

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 メキシコからレジェンド、ドス・カラス来日!
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 猪木様のお古のマフラーは奇しくもドス・カラス
カラー(笑)
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 メインでベルトを防衛したスーパー・タイガー選手と

昨年来、「原点回帰」と称して”過激な仕掛け人“新間寿さんがプロデュースするようになり、「昭和の新日本プロレスのようなストロングスタイルを復興させる」と明言していただけに楽しみにしていました。
そして今回はスペシャルとしてメキシコから”飛鳥仮面“ドス・カラスが親子で参戦!
兄のミル・マスカラスは毎年コンスタントに来日してくれますがドスは久々です。
ストロングスタイルなのに何故ルチャリブレ(メキシコのプロレスの総称)!?と思う人もいるでしょうが、見かけは飛んだり跳ねたりの派手なパフォーマンスがウリのルチャもそのベースとなるのはジャベと呼ばれる複合関節技、非常に奥が深いのです。
その神髄も理解せず学生時代の友人に「ルチャリブレは八百長!」と言ってたバカがいたよなあ(○○くん、キミの事だよ! 笑)。
尚、今回の上京で私が着用していた水色のマフラー、SNSの写真を見た友人から「ドス・、カラスのカラーに合わせたんですね」と言われましたが全くの偶然です(笑)。 実はこれ、某所で入手した、猪木様の実使用お下がりなんですよ!
(リアルジャパン原点回帰プロレスの模様はこちらをクリック

長文のブログ、仕事のネタも少しは入れないと怒られるので、翌日は朝からエフピコの展示会で東京ビッグサイトに詰めていました。
こういう場所にいると懐かしい顔にも色々と出くわすものですが、展示会の模様は口で説明するより写真をご覧ください…ってもう終わりかよ(笑)!
文才の無い私の説明よりビジュアルに訴えた方が余程効果的ですから(笑)。
(エフピコフェアの模様はこちらをクリック

仕事が終わると夜はやはりプロレス、今宵は川崎市にある溝の口劇場にて越中詩郎&山崎一夫トークショーに参戦しました。
お二人が出場した第1回の「トップ・オブ・ザ・スーパージュニア」が開催されたのが88年(奇しくもトニー・セント・クレアーも出場!)ですから今年で30周年、それを記念してのプレミアム・トークでしたが、お二人とも試合に関しては全くと言っていいほど記憶なし(笑)、話題は殆どリング外の与太話に終始しました(笑)。
とてもここでは書けそうにない話も含め、やはり昭和のレスラーのエピソードは面白すぎます。

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 80年代ジュニアを支えた越中詩郎選手&山崎一夫さんと

嬉しかったのはこのイベント、入場料が3500円と格安(別途ドリンク代600円必要)、最後の記念スリーショット撮影は無料(怪我で欠場中の高山選手の基金にカンパ)という太っ腹ぶり、トータルでも5000円以下で済むという良心的設定が気に入りました。
前記のトンガリ・コーンズ同様、今回はイベント価格にこだわっておりますが、大不況の世の中、他団体時代のプロレス界はイベント過多の昨今、その価格は上がる一方なのが辛いところです。
業界の実情を考えればある程度やむを得ないのは重々承知ですが、我ら貧乏庶民としてはこういう良心的なイベントが増える事を期待しています。

新年度の始まり、4月のネタも盛り沢山につき今年はGWも休まず連載予定、乞うご期待!

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