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社長の経営日誌

孤高の天才 社長の経営日誌 田宮社長が好き勝手に織りなす独白です
  FILE No.561 2018.2.17  

「 ベルリンの壁が崩れた日(2) 」

(前回からの続き)

目前にして目玉商品であったNWA世界ヘビー級王者リック・フレアーの来日がキャンセルされ窮地に追い込まれた新日本プロレスの東京ドーム大会(90年2月10日)、しかしまさかの神風が吹きました!
私がそれを知ったのは忘れもしない、秋葉原の駅の売店で見た日刊スポーツの一面でした。
「2月10日 新日本・全日本 対抗戦決定」ま、ま、マジか〜!!??
坂口征二社長は1月22日に会見を行い、フレアー来日中止の報を受けてジャイアント馬場に改めて選手の派遣を要請、ここにジャンボ鶴田、天龍源一郎、谷津嘉章、スタン・ハンセンらの電撃出場が決定したのです!
これにより当初予定されていた主要カードは「猪木、坂口 VS 橋本、蝶野」「北尾 VS ビガロ」以外は大幅に変更、

木村健吾、木戸修 VS ジャンボ鶴田、谷津嘉章

長州力、小林邦昭 VS 天龍源一郎、川田利明

(IWGPヘビー級選手権)
(王者)ビッグバン・ベイダー VS (挑戦者)スタン・ハンセン

これまで絶対あり得なかった新日本VS全日本の夢の対抗戦が突如実現する事になりました。

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 馬場の心境に変化が!新日本との対抗戦に二つ返事

1月4日の会見で「ベルリンの壁は無くなったよ。」と語っていた馬場ですが、まさかこんな急展開になるとは…私がほっぺをつねりながら新聞をむさぼるように読み返したのは言うまでもありません。
この時の馬場の心境を当時週刊プロレス編集長のターザン山本氏が直撃していますので要約して再現してみましょう。

馬場「1月19日、坂口が急に会いに来て「フレアーがドームに来れないかもしれない。」と言ってきたんだよ。」
ターザン「やはりその噂は本当でしたか?アメリカからそういうニュースが入って来て、これはえらい事になったと気になっていたんです。」
馬場「フレアーが新日本に来ないとなると、俺にも関係あるしな。」
ターザン「ウィリアムスとのトレードですね。フレアーが来ないとなるとバーターになりませんので、ウィリアムスもパーですか?」
馬場「それはできんだろう。既にうちはウィリアムスが来る事で予定を組んでるんだ。
営業的にも今更変更できんよ。その時、坂口が「馬場さん、選手を貸してもらえませんか?」
(前年10月に断られた選手派遣を再考して欲しい)と言ったんだよ。」
ターザン「それでどう答えたんですか?」
馬場「ああ、いいよと言った。」
ターザン「ああ、いいよって簡単に言いますが、何も考えなかったのですか?しばらく考えさせてくれとか…」
馬場「ああ、何にも考えなかったね。自然にすんなりその言葉が出たよ。」
ターザン「おかしいなあ。そんなにあっさり選手の貸し借りが実現するなら、今まで何で出来なかったんでしょう。」
馬場「何かが変わったんだろうな。俺の心境に変化が起こったのか、世の中の流れが変わったのか、俺にもよくわからんが一つ言える事は、俺自身流れに逆らわなくなったという事だな…。」(中略)
山本「いずれ合同興行と言う話はあるんですか?」
馬場「今すぐにと言う話はないが流れ次第だろう。そういう機運が盛り上がってきたら もう無視する事は出来ない。そんな事をしたらその人間が時代に取り残されてしまう。
俺は全日本をそのようにさせてはならないと思っている。
だが次の点は間違えないで欲しい。団体の基本はあくまで自分のところの年間スケジュールにある。各シリーズを成功させる事が企業運営の第一条件である。
合同興行は言わば付録のようなもの、合同興行を第一目標にしたら、その団体は潰れるよ。
(中略)今回の事ははっきり言って俺の一存で決めたよ。社員やレスラーの誰にも相談せず独断でやった。上杉謙信じゃないけど、同じプロレス界に生きている人間として、あそこで坂口の頼みを断ったら人間性を疑われるよ。それに俺は今年初めに坂口に会った時、あなた達の前で「マット界のベルリンの壁は無くなった」と言ったよな。その公約を果たす日が予想以上に早く来たと言う事だよ。(中略)坂口には災い転じて福として欲しいよな。社長業ほど辛いものはないんだから頑張ってもらいたいよ。社長は孤独な職業、今度坂口に会ったら「社長業ってどんな気分だ?」って聞いてやろうかな(笑)」(以下、略)

一説によるとこの時坂口は(どうせ日本人選手は無理だろうからと)遠慮がちに「スタン・ハンセンを貸してもらえませんか?」と申し出たところ、何と馬場の方から「鶴田や天龍も」と言い出したそうです。
「お前の社長就任祝いだよ。」と笑ったと言う馬場、こじつけかもしれませんが「世の中の流れが変わって俺の心境に変化が起こった」という言葉の裏には、やはり前年にベルリンの壁が崩れドイツが統一された事が作用していたと推測します。

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 敵地で絶対負けられない
天龍はタイガーマスク
(三沢光晴)と呉越同舟
タッグを結成

いずれにせよ広い心で長年の宿敵を救った大英断、この直後の全日本・後楽園ホール大会に足を運んだら、全日本のファンからも「馬場さん、東京ドーム有難う!」の声がかかり、場内は温かいムードに包まれました。
私は早くから前売りを手配していたので助かりましたが、カード変更が正式に発表されるとあっという間にチケットは完売、迫り来る初の対抗戦に長州がパートナーを小林邦昭からジョージ高野に変更すれば、負けじと天龍も普段は敵対しているタイガーマスク(三沢光晴)にタッグ要請と虚々実々の駆け引き、試合前から最高潮の盛り上がりでしたが、惜しむらくは藤波の負傷欠場でした。

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 チケット完売!東京ドームが遂に超満員!
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 全日本に円満移籍する
スティーブ・ウィリアムスは完勝
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 マサ斉藤がAWA世界王者
に!
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 これが本物のAWA世界王座
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 全日本の威信を守った鶴田は余裕の笑み
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 長州と天龍の激突、何処か歯車が噛み合わず…
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 ベイダーとハンセンの死闘はドームが壊れそうな迫力
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 ベイダーの右目があわや失明の危機に…

もし万全ならこの時鶴田との対決が間違いなく実現していたからで、ファンにとっても無念でしたが、一番悔しい思いをしたのは藤波自身だったでしょう…。

さて、遂に迎えた試合当日、会場入りして広いドームを埋め尽くした大観衆を見た時は感無量でした。前年の第一回目も善戦したものの満員ではなかったので、新日本プロレスは遂にこの日、ドーム超満員札止めの偉業を達成したのです。
試合も勿論白熱化し、前半戦ではこの日を最後に全日本に円満移籍するスティーブ・ウィリアムスがサルマン・ハシミコフを下し前年から続く米ソ抗争に決着をつければ、マサ斎藤は何とラリー・ズビスコからAWA世界王座を奪取成功!
奇しくもこの後に出場のジャンボ鶴田に続いて日本人としては二人目の快挙にドームが大沸きでした。
余談ですがこの時のチャンピオンベルトは現在日本にあり、某マニアが保有していまして、上井さんの興行でマサさんを招聘した時に(FILE No.502,503参照)レンタルしたので、蒲生四丁目のファミレスで(笑)見せて頂けました。

そして注目の対抗戦、ジャンボ鶴田が怪物ぶりを発揮し木戸修から3カウントを奪えば、全日本時代以来、約3年ぶりの対決となる天龍と長州の絡みもヒートアップ!…と言いたいところですが、お互い気負い過ぎたのかぐちゃぐちゃした不思議な試合になってしまい、試合後の天龍は不満を爆発させていました。
快く協力したかに見えた馬場でしたが、新日本を心底信用していたわけではなく、お目付け役としてセコンドにグレート・カブキを派遣し「何か変な事があったら全員で引き上げて来い!」と厳命、当時全日本のリングアナだった仲田龍氏は駐車場で車にエンジンをかけて待機していたそうです。やはり水と油はそう簡単には混じらないと言う事でしょうか…。

三試合の対抗戦の中で何と言っても凄まじかったのが、ハンセンがベイダーに挑戦したIWGP選手権でした。
当時の両団体のエース外国人同士の一騎打ちは文字通りの外国人ナンバーワン決定戦、それに相応しい超スーパーヘビー級のぶつかり合いにドームが大揺れ、今も語り草になるど迫力バウトが展開されました。
試合の序盤でハンセンのエルボーがベイダーの目に入ってしまうアクシデントがあり、ビジョンにベイダーの右目がお岩さんのように腫れ上がった様子が大写しになった時には皆が声を失いましたが(後に眼底骨折の重症だった事が判明!)、それでも試合を成立させた二人のプロ魂には脱帽です。

世間的に一番の注目は一般マスコミも多数取材に訪れた元横綱・北尾光司のプロレス・デビュー戦でしたが、ハーレー・ダビットソンに乗って入場し、リングアナのコールとともにTシャツを破るパフォーマンスにプロレスファンからは失笑、試合巧者のクラッシャー・バンバン・ビガロが相手とは言え、ギロチンドロップの際にロープに走る方向を間違えてしまい館内はまたも爆笑、しかもそれで3カウントが入った為、ブーイングと「帰れ」コールまで起こる始末でした。

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 鳴り物入りでデビューした北尾だったがブーイングを浴びる羽目に…。

確かマサ斎藤が勝った試合の直後だったと思いますが、この日の観客席ではプロ野球で見られるウェーブ(今も野球ではやっているのか?)まで起こりました。
後日、北尾のデビュー戦が取り上げられたテレビのワイドショーを観ていたら、あたかも北尾の試合に興奮してウェーブが起こったかのように編集されていて、いかにテレビがヤラセかがよくわかりました(笑)。

メインには国内で約9ヶ月ぶりとなるアントニオ猪木が登場、坂口征二との黄金コンビを一夜復活させ、橋本真也&蝶野正洋との師弟対決に挑みました。
橋本が「時は来た!ただそれだけだ。」と言えば(笑いをこらえながら?)蝶野が「潰すぞオラ!」と凄み、一方の猪木さんは「もし負けたら…」と質問したアナウンサーに「出る前に負ける事考えるバカいるかよ!」と闘魂ビンタを見舞う…「アメトーク」で何度も特集されてすっかり有名になった煽り映像の試合です。
流石の猪木さんも押し寄せる世代交代の波には勝てず、橋本のローキックを食らった足は腫れ上がり、鼻血を出してぼろぼろの状態、まるでアリスの名曲「チャンピオン」の世界を彷彿させた試合はそれでもどうにか猪木さんが延髄斬り一発で逆転勝利を収めたものの、何処か切ない一戦でした。
マイクを握った猪木さんの挨拶、「プロレスが再び大ブームを起こす事が私の長年の夢であり、プロレス、スポーツを通じて世界の平和に貢献したい。橋本も蝶野も本当に強くなりました。今日はもう立っているのがやっとでした。でも俺たちは、命の続く限り戦い続けます!」…魂の叫びに涙が出そうになりました。

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 ぼろぼろの猪木が挨拶
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 初めての
「1,2,3,ダーッ!」

田中リングアナに「ダーをお願いします。」と促され「私が勝った時にしかやらないポーズ、最近は力が弱くなりましたが(笑)、皆さんの心を一つに一発、気持ちのいいやつをやらせてください。1、2、3でダーッです。それではご唱和ください。」
今に続く「1、2、3、ダーッ!」はこの日が最初だったのです。

大成功に終わった感動のドーム大会、こうなるとファンとしては夢の続きが観たいのは当然ですが、この後の新日本と全日本の交流は、6月にスタン・ハンセンが新日本に、クラッシャー・バンバン・ビガロが全日本にレンタル参戦、9月にタイガー・ジェット・シンが新日本に移籍すればバーターでアンドレ・ザ・ジャイアントが全日本に移籍と外国人同士の貸し借りや移籍のみで終了、翌91年になると両団体は独自路線を歩み始め、結局日本人同士は90年2月10日の一度きりで終わりました。
特に大きなトラブルがあったわけでもないのに交流が再び断絶した理由は定かではありませんが、繰り返すように馬場さんは元々他団体の力を借りず自力で勝負するのが本筋との思いがありましたし、それは猪木さんも同様だったはずですから、暗黙のうちに我が道を行きお互い切磋琢磨して行こうとなったのでしょう。
この時代の新日本と全日本の交流はプロレス界の究極の切り札で言うならば最後の砦、パンドラの小箱をむやみに開けるものでは無いのは頭ではわかってはいても、やはりもっと夢が見たかったのが本音です。
しかしその後の新日本は何度も単独でドームを満員にしましたし、全日本も鎖国路線を貫ぬいて「四天王プロレス」を完成、一大ブームを起こしました。
テレビがゴールデンタイムでないハンディをものともせず健全な競争と企業努力で昭和の時代とは違った繁栄を築いた両団体、空前の他団体時代にあって他とは別格の2大メジャーと言われた所以です。

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 2014年、ベルリンの壁の前にて、東京ドームに思いを馳せる

今から4年前、ドイツのベルリンを視察で訪れた事がありました。
(FILE No.391394参照)
本家本元のベルリンの壁を見学に訪れた時、脳裏に24年前のあの東京ドームの興奮が蘇って来るのがわかりました。あの時代を経験出来た事に感謝しています。

特別付録
新日本プロレス
'90スーパーファイトin 闘強導夢
プロリンピックPartII
1990年2月10日 東京ドーム

試合開始 18時 観衆 63900人(超満員札止め)
全試合結果
1. 30分1本勝負
飯塚孝之   (10分49秒 ブリザード固め)   松田納 ×
2. タッグマッチ 30分1本勝負

×
獣神ライガー
野上彰
  (16分57秒 猛虎原爆固め)   佐野直喜
ペガサス・キッド
 
3. 6人タッグマッチ 30分1本勝負
× 馳浩
小林邦昭
星野勘太郎
  (13分29秒 バックフリップ
→ 片エビ固め)
  後藤達俊
ヒロ斎藤
保永昇男
4. 45分1本勝負
ブラッド・
レイガンズ
  (6分13秒 回転首固め)   ビクトル・
ザンギエフ
×
5. 45分1本勝負
スティーブ・
ウィリアムス
  (9分 アバランシュホールド
→ 片エビ固め)
  サルマン・
ハシミコフ
×
6. AWA世界ヘビー級選手権試合 60分1本勝負
× (王者)
ラリー・ズビスコ
  (14分29秒 首固め)   (挑戦者)
マサ斉藤
 挑戦者が第40代王者となる。
7. タッグマッチ 60分1本勝負
× 木村健悟
木戸修
  (15分6秒 空中胴締め落とし
→ 体固め)
  ジャンボ鶴田
谷津嘉章
8. タッグマッチ 60分1本勝負
× 長州力
ジョージ高野
  (18分59秒 リングアウト)   天龍源一郎
タイガーマスク
9. IWGPヘビー級選手権試合 60分1本勝負
(王者)
ビッグバン・
ベイダー 
  (15分47秒 両者リングアウト)   (挑戦者)
スタン・
ハンセン
* 王者が3度目の防衛
10. 60分1本勝負
北尾光司   (9分58秒 ギロチンドロップ
→ 体固め)
  クラッシャー・
バンバン・ビガロ
×

11. タッグマッチ 60分1本勝負

アントニオ猪木
坂口征二
  (15分43秒 延髄斬り
→ 体固め)
  橋本真也
蝶野正洋
×
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