包装資材の専門商社 タミヤ

ホーム タミヤのチカラ 商品ラインナップ 環境保全活動 会社情報 お問い合わせ

会社情報

Home > 会社情報 > 社長の経営日誌
会社概要
主要販売・仕入先
社長の日誌

社長の経営日誌

孤高の天才 社長の経営日誌 田宮社長が好き勝手に織りなす独白です
  FILE No.604 2018.12.15  

「 メキシコの帝王(2) 」

(前回からの続き)

ところでメキシコと言えばカネックと並ぶトップスター、このブログのタイトルを飾っているミル・マスカラスを思い浮かべます。日本での人気・評価は圧倒的にカネックよりマスカラスが上ですが(理由は後述)ルチャ・リブレの本場メキシコでは果たしてどうなのでしょう?
あくまで私見、それもルチャに精通しているわけでもない私が言うのもおこがましいのですが、ある部分ではカネックが上回っていたような気がします。
マスカラスは早くから全米に本格進出していたのに対しカネックはあくまでメキシコがホームリング、メキシコのファンのイメージはカネックが最前線のエースならマスカラスは特別出演のレジェントと言う感じではないでしょうか。
両雄のメキシコ・ナンバーワン対決は過去何度か実現しており、80年代の試合がネット上の動画サイトなどでも視聴できますが、この夢の対決が一度だけ日本で実現した事がありました。
1992年(平成4年)8月15日、W☆INGプロモーションの川崎市体育館大会にて、 マスカラスの保持するIWA世界ヘビー級とカネックのUWA世界ヘビー級を賭けた豪華ダブルタイトル戦が開催され、試合はお定まりの両者リングアウトドローでしたが(笑)、この2人が同じリングに上がってくれたらそれだけでいいのです(笑)!

 クリックで拡大
 メキシコの黄金カードが日本で実現!マスカラスの持つベルトは??

当時私は東京在住につき普通なら観に行った筈でしたが8月15日はお盆休み、唯一の親孝行として(苦笑)帰省していた為、涙を呑みました。
あれから26年が過ぎて多少無理してでも観に行けば良かったかなあと後悔する今日この頃…しかしこのシリーズはほんと豪華で、この一週間後に今度は大阪の万博お祭り広場でマスカラスとカネックのタッグが実現しました。
日本で最初で最後のメキシコ最強コンビ結成でしたが、この時は盆休みが終わり東京に戻っていた為またも観られず(涙)、川崎と大阪が逆なら両方観られたのに、私に対する嫌がらせのような日程でした(苦笑)。
もし私が大金持ちの大富豪なら、もう一度マスカラスとカネックをダブルで招聘して26年前を再現して夢の対決(シングルはもう無理か?)に夢のタッグ、ファン待望のスリーショット撮影&サイン会を実現したいものです。う〜ん、想像しただけでよだれが出そう、お二人が元気なうちに誰か夢を叶えて下さい!
ところで川崎でのマスカラスVSカネックの写真を見ていて、当時は気がつかなかったとんでもない発見をしました。
赤い革に鷲がデザインされたマスカラスのIWA世界ヘビー級選手権 (FILE No.501参照)は私が最も好きなベルトの一つですが、この日マスカラスが持っているベルトは明らかに別物! これはどう見ても5年前のNOSAWA論外戦
(FILE No.323
参照)で賭けられたALLLヘビー級で、どうやらマスカラス先生、持って来るベルトを間違えたようです(笑)。
マスカラスファンの友人に聞いた話では結構この手の話は多いそうで、近年「スカパー!」で天龍源一郎とのIWA世界戦(82年2月4日 東京体育館)を観ましたがこの試合でも間違ってALLLを使用していました。大チョンボに明らかに気がついているはずの実況アナと解説者がその事に一切触れないのがおかしかったです(笑)。

おっと、いつの間にかマスカラスの話になっているので軌道修正、今回の主役カネックは前述のようにメキシコで79年にルー・テーズを破りUWA世界ヘビー級王座を初戴冠(第2代目王者)、以後2002年までに通算14回奪取(6、8、10、12、14、16、18、20、22、24、26、28、32代)の大偉業を達成しました。
通算王座在位期間は実に約19年、防衛戦の相手はアンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセン、ハルク・ホーガン、タイガー・ジェット・シン、ビッグバン・ベイダー、アントニオ猪木、藤波辰巳、長州力…とそうそうたる顔ぶれで、絶対王者として次々と襲来する外敵を相手にベルトを守るその姿はまさしく「メキシコのアントニオ猪木」でした。
華々しくUWAのエースを務めたカネックですが、反比例するかのように日本では徐々に低迷していきます。

 クリックで拡大
 快挙!大巨人を投げた!

ジュニア時代の藤波とはライバル抗争を展開したものの、藤波がヘビー級に転向(81年12月)後、「飛龍十番勝負」での一騎打ち(82年6月18日 蔵前)で両者リングアウトで引き分けた後、藤波のライバルが長州に代わるとカネックは前座試合に甘んじるようになり、猪木や藤波はまだしも中堅選手にすら負けるようになりました。
私が初めて新日本の蔵前国技館に密航した84年8月2日(メインは猪木VS長州)、前座でカネックは谷津嘉章とシングル、あっさりと敗退するのを観ましたが、同年カネックはメキシコではアンドレをボディスラムで二度も投げる快挙を果たしているのです!(アンドレを投げた記録保持者の中ではカネックと猪木が最軽量)

 クリックで拡大
 IWGPでの対決、ゴング前に奇襲をかけるも返り討ち
 クリックで拡大
 起死回生の回転エビ固めはそのままプレスされ終了

この頃はメキシコの大試合の模様も雑誌のグラビアで紹介されるようになっていましたので、現地ではアンドレ、ホーガン、ハンセンらと互角に戦うカネックが来日するところころと負ける姿に、純粋なプロレス少年だった私は頭を抱えて悩んだものです。
この人は地元では滅法強いけど外に出ると力を発揮出来ない典型的な内弁慶なんだろうなと(苦笑)。
因みにアンドレとカネックは83年のIWGP決勝リーグ戦でも対決、カネックが果敢に奇襲攻撃をかけるも回転エビ固め狙いを巨体で圧し潰され秒殺でジ・エンドでした(涙)…。
「メキシコの帝王」でありながら日本では不遇に甘んじたカネック、地元と日本でここまで評価の落差が激しい人も珍しいですが、敢えてそれを受け入れたのは初来日の「敵前逃亡」の負い目があったからでしょうか?
いずれにせよマスカラスとの比較論に戻れば日本で負けてばかりのカネックと絶対負けないマスカラス(完全フォール負け一度もなし!)、人気に差がつく大きな理由となりました。
あと、ハンセンのウエスタンラリアット、ホーガンならアックスボンバーとトップレスラーは皆代名詞的な必殺技があるもので、マスカラスにもダイビングボディアタックというフィニッシュホールドがあったのに、カネックにはそれが無かったのも痛かったです。

 クリックで拡大
 猪木にフライングネック
ブリーカー
 クリックで拡大
 ジャーマンを受けるのは
前田日明
 クリックで拡大
 日本でもテクニシャンの
片鱗を見せていたが…
 クリックで拡大
 ヘビー級のパワー殺法も
披露

勿論カネックに技が無いわけではありません。彼の名誉の為に言っておきますが、カネックに技が無いわけではありません。フライングネックブリーカードロップ、時にはジャーマンを繰り出したりとむしろ多彩なテクニシャンで、メキシコでは少ないヘビー級としての力技も持ち合わせています。
それにも関わらずぶりこれ!と言うフィニッシュホールドがすぐに思い浮かばないのは無理もありません、何しろ我々はカネックが勝った試合を殆ど目撃していないのですから(苦笑)。
駄文を長々とすみません、私が言いたいのはとにかくカネックは歴史に残る凄い名選手だったと言う事、そしてエル・カネックの呼称は止めろ!と言う事です(笑)。
そんなカネックの久々の来日、40年前の「敵前逃亡事件」を清算すべく大会のタイトル名は「リベンジツアー」と銘打たれました。
10月17日に来日したカネックは会見に挑み過去の事件のコメントを求められ「昨日の事すら覚えていないのに40年前の事など覚えていないよ」と一笑に付したとの事でしたが、遠い日の忌々しい記憶は今も絶対心の古傷として残っているはずで、だからこそ、最後になるかもしれない日本で精一杯悔いの無いファイトをしてもらいたいと思いました。

18日に上京した私は仕事を済ませた後、水道橋のドームホテルにある焼肉レストランで遅めの昼食をとっていたら、見覚えのある女性がサングラスをした中年外国人と入って来ました。
あっ、藤波さんの奥さん(かおり夫人)!一緒にいるのは素顔のカネック!? 唖然としていると少し遅れて藤波さんと息子のLEONA選手も現れ、お二人とは視線が合ったので立ち上がってご挨拶しました。
いや〜びっくりした、ほんの一瞬、サングラスの横顔ですがカネックの素顔見ちゃいましたよ(笑)。
藤波一家&カネックは奥のテーブルへと案内され私は食事が済むとそそくさと退場しましたが、ロビーに行くとカネック目当ての追っかけが5〜6人たむろしていました。
藤波一家とカネックは食後に車で何処かにお出かけしたので皆が諦めて帰ろうとするところへタイミング良く新日本プロレスにCMLLから来日中のメキシカン、ソベラーノJr.が現れました。
マスクが欲しい、サインや写真希望と皆でぞろぞろ後を着いていくとベッドの上にはカラフルなマスクがずらり、お値段一枚3万円との事、高っ! しかしマスクマニア連中に言わせると本人実使用の本物マスクの相場はそんなものだそうで…。

 クリックで拡大
 好漢、ソベラーノJr.グラシャス!

初代タイガーマスクやマスカラスなんてもっと高いしほんとマスクの世界は恐ろしい、私はあまり足を踏み入れないようにします(ベルトだけで十分です 笑)。
しっかり二人ほどのファンがソベラーノのマスクを買っていましたが、私は手のひらサイズの人形で勘弁してもらいました(それでも千円なり 苦笑)。

一旦ホテルに引き上げて夕食は松永光弘さんの「ミスターデンジャー」で済ませました。

 クリックで拡大
 夕食は安くて美味しい松永光弘さんのお店

松永さんはW☆INGでカネックと同じリングに上っていますが、「明日カネックの試合観に行きます」と告げると「いいね〜、自分も行きたいぐらいです」とおっしゃっていました。
腹ごしらえの後はこの日のハイライト、新木場へと向かいました…。

(次回へつづく)
<過去の日記>
サイトマップご利用にあたってプライバシーポリシー

(c) 2007 TAMIYA.Ltd