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社長の経営日誌

 FILE No.247 2011.11.5
「 新宿伊勢丹前事件(1) 」

新聞や雑誌、テレビのワイドショーなどでよく「今日は何の日?」というコーナーを見かけますが、このブログが更新される11月5日は果たして何の日かご存知でしょうか?
あっ、最新情報によればこの日は日頃よりお世話になっているシーピー化成の上野常務のお誕生日ですって!(おめでとうございます!)
しかも上野さんは今年還暦だそうで、こりゃあ赤いチャンチャンコ贈らなければ…。いや、赤いマフラーの方がいいかな(笑)。

話を元に戻してこの日はそう、今から38年も前の1973年(昭和48年)に新宿の伊勢丹で買い物中のアントニオ猪木夫妻が、インドの猛虎ことタイガー・ジェット・シン(*)に襲撃された、俗に言う「新宿伊勢丹前事件」のあった日です。
今回はプロレスファンにとっては、「三億円事件」と並ぶ昭和最大のミステリー(少し大げさか 笑)であるこの事件を改めて検証してみましょう。

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 インドの狂える虎、
タイガー・ジェット・
シンのフィギュア
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 事件が起こった
新宿・伊勢丹百貨店

1973年11月5日、時刻は夕方の6時をまわった頃に衝撃のハプニングは起こりました。
この日はシリーズ(試合)がオフでアントニオ猪木は当時の妻であった女優の倍賞美津子、実弟である猪木啓介氏と3人で羽田空港まで知人を迎えに行き、その帰りにショッピングの為新宿の伊勢丹デパートを訪れました。
猪木らが買い物の荷物を抱えて正面玄関から出てきた時、近くに停まったタクシーからシリーズに来日中の外国人レスラーであるタイガー・ジェット・シンとその配下であるビル・ホワイト、ジャック・ルージョーの三人が降りてきました。
一瞬、目が合ったものの猪木は彼らを無視して先に行った美津子夫人が停めたタクシーに向かって歩き出しましたが、そこを突然背後から襲われたのです。

猪木はガードレールにぶつけられ、三対一で殴る蹴るの文字通りの袋叩きに合い、さらには停車中のタクシーやバスストップにもぶつけられて、あっという間に血だるまにされました。
誰かが110番に通報し、四谷署からパトカーが二台駆けつける騒ぎとなりましたが警察が現場に到着する前にシン達はタクシーに乗って逃走、半死半生の猪木も弟と夫人にタクシーに乗せられて既にその場から立ち去っていました。

警察はシンたちの宿舎である新宿・京王プラザに乗り込みましたがシンは部屋から一歩も出ず「オー・ノー・ポリス!」を連発して出頭を拒否、一方猪木の方は顔に6箇所の切り傷、全身に11箇所の打撲傷を負い病院で手当を受け帰宅しました。
報道によると結局、翌6日に猪木、そしてシン達3人は警察に出頭し事情聴取を受けたとの事ですが猪木は被害届を出さず、つまり傷害罪で告訴する事はせずに「騒ぎを起こした事は申し訳ないがあの3人は自分が身許引受人になって日本に呼んでいるものであり国外退去処分になれば興行に大きな支障を来たすので何卒、寛大な処分を。」という上申書(始末書)まで提出、改めてシンに対してリング上での制裁を宣言したのです。

傷害事件にこそならなかったものの警察まで巻き込んだ騒動という事でプロレスを大きく扱う東京スポーツ紙は大々的に報じましたが、当時の一般紙に掲載されたかは未確認です。
何しろ昭和48年と言えば私はまだ8歳、プロレスを見始めるのはこの2年後なので残念ながらこの事件をリアルタイムでは知りません。
これが一般人を巻き添えにでもしていたら新聞の社会面はおろか、テレビのニュースやワイドショーでも報じられていたでしょうが、あくまでプロレス内部の出来事という事で一般紙は黙殺したのかもしれません。

以上が事件の顛末ですが、当時から現在に至るまで意見が分かれるのは、果たしてこの事件は本当に偶然のハプニングだったのか、それとも興行を盛り上げる為のアングル(演出や仕掛けを意味するプロレス界の隠語)、早い話がヤラセなのか?という事です。

タイガー・ジェット・シンが来日したこのシリーズ(闘魂シリーズ第二弾と銘打たれていた。)は10月26日に開幕しましたが、事件が起こるまでの間、猪木とシンはタッグマッチも含め一度も対戦していませんでした。
しかしシンは連日のように猪木の試合に乱入を繰り返し11月3日の岐阜大会ではビル・ホワイトと組んで対戦相手の坂口征二、木戸修を血祭りに上げてマスコミの前で 「イノキ!逃げ回ってないで俺と戦え! お前が逃げるならお前の自宅でもホテルでも襲ってやるぞ!」と宣言しました。
悪役レスラーがリップ・サービスでこの手のアピールをするのは日常茶飯事ですがこれを本当にやってしまうのがシンのシンたる所以、わずか二日後に「伊勢丹事件」は起こったのです。

この事件が評判となって、事件後初の試合となった8日の沼津大会は大入りの超満員、メインでは猪木、坂口、山本小鉄のトリオが伊勢丹事件の張本人の三外人と対戦したのですからそれも当然で試合はまさしく大荒れの展開となりました。
16日の札幌、30日の福山では遂に猪木とシンのシングル決着戦が組まれ闘魂シリーズは大盛況で幕を閉じました。
結果として「伊勢丹事件」は最高の宣伝効果を発揮した事になります。

*タイガー・ジェット・シン
本名 ジャグジート・スィン・ハンス 1948年インド出身
経歴については64年シンガポールでプロレス入りし、その後カナダに渡った説が有力であるが定かではない。73年、新日本プロレスに初来日し猪木との抗争で一躍有名になり「新宿伊勢丹前事件」「大阪腕折り事件」など様々な伝説を残す。私生活では事業家として大成功、巨大な宮殿のような屋敷に暮らし、地元では誰でも知っている名士となりオンタリオ州ミルトンには自身の名前を冠した公立高校がある。
得意技はコブラ・クロー、ニックネームは「インドの猛虎」「狂虎」。


※伊勢丹さんのご好意により写真掲載許可を頂きました。

(次回へつづく)
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