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社長の経営日誌

 FILE No.241 2011.9.23
「 8・26 プロレス 夢のオールスター戦(5) 」

(前回からの続き)
ここで当時、東京スポーツの編集局長としてオールスター戦の主催者側で奔走した櫻井康雄氏が当時を振り返ったインタビューを採録してみましょう。

(当初、東スポは馬場・猪木戦を望んでいたそうですが?)
「当然そうです。具体的に交渉もしたが馬場は絶対にイエスと言わなかった。猪木は柔軟な姿勢だったけど。馬場はオールスター戦はお祭りにするのか、潰し合いのような試合をするのかと最初確認してきました。
馬場・猪木戦というが力道山対木村政彦(*)のような試合をやるのか、それなら最初からそういう気構えでやらなければいけないが今はそういう試合をする状況ではないだろうという見解だったんです。
(シングルマッチが無理ならタッグマッチでもBI対決は無理だったのか?)
「難しいねえ。とにかく馬場は猪木を信用していなかったから。リングの上で裏切られて仕掛けられても後から文句は言えないんですよ。
力道山対木村以来プロレスとはそういうもの、だからそれ相応の覚悟を持ってリングに上がらなければいけない。
もう時効だから言うけど馬場は私に『俺は木村政彦にはなりたくないよ。』と言いました。どんなマッチメイクであろうとも猪木は信用できないと暗に言ってるんですよ。
紙面で『過去のいきさつ』とか『クリアすべき問題』と言ったのは馬場一流の言い方でね。猪木に対して謝罪を求めるとか、具体的な要求はなかったんです。はっきり言えば猪木は潰しに掛かって来るんじゃないかというのが本音でそれはもう根深いものがありましたね。
猪木は『やってもいいよ。』と言うけどこれは腕に自信があるから。勿論馬場もいざとなれば相応の覚悟はあったろうけど本音はそんな試合やりたくなかっただろうし…。」
(これはIFの話でデリケートな質問ですが、もし馬場・猪木戦が実現していたら猪木さんはリング上で裏切ってセメントを仕掛けて潰しにかかったと思いますか?)
「どうだろうなあ。ある部分では馬場に譲ったかもしれませんね。 実をとって試合内容では圧倒するかもしれないけど。猪木という男にはそういうバランス感覚があるから…。」
(大会前夜まで揉めたという噂があるのですが…)
「大会の前の晩に九段下のグランドパレスホテルで猪木が馬場に呼び出しをかけて会っているらしい。僕は立ち会っていないから内容はわからないけど。僕が馬場に後で聞いた話だと猪木から『ノーと言ったら明日の試合は出ない。』と何かを要求されたようだよ。」
(この業界ではよくある話ですね。試合が近づけば中止にはできないので選手の意見が通りやすくなる…。)
「俺がノーと言って猪木がもし出なくなると俺が東スポに恨まれるから渋々OKしたと馬場は私に言いましたよ。」

大会前夜の謎の密会で行われた猪木の要求とは果たして…?
馬場が他界し猪木が口を割らない以上、今も謎は残りますがいずれにせよこれで馬場の猪木に対する不信感は決定的になったのは間違いありません。

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 マスカラス、鶴田、藤波
の夢のトリオが実現!
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 8・26のメインを飾った
超豪華ドリームマッチ

そんな舞台裏のドタバタなどファンは知る由もなく当日の日本武道館は超満員の大観衆で膨れ上がりました。
第7試合ではミル・マスカラス、ジャンボ鶴田、藤波辰巳(当時)という最初で最後のドリーム・トリオが実現してファンを沸かせいよいよメイン、無敵のBI砲が一夜限りの復活を遂げブッチャー、シンの最凶悪コンビを撃破した試合後、この日最大のドラマが待っていました。
勝った猪木はマイクを掴むと馬場に向かって「今度リングで会う時は戦う時です!」とアピールしたのです。
馬場も珍しくマイクを持ち「よし、やろう!」と答え二人は握手を交わしました。
BIがファンの前で対決を公約するという劇的な幕切れに酔いしれる館内、しかしやはりこれは真夏の夜の一夜限りの夢となりました。
この日を最後に二人が同じリングに上がる日は二度と来なかったのです。

華やかな舞台の裏での深い遺恨、こうして馬場と猪木のお互いの生き様を賭けたドラマは永遠に決着のつかないまま未完に終わりました。

あれから32年、今年行われた三団体のオールスター戦は良くも悪くもスポーツライクな交流戦となりました。
しかし時代は変われど現代の新日本、全日本、ノアのレスラーはそれぞれ馬場と猪木の遺伝子を引き継いでいるはず、二人の直接対決は夢に終わりましたがBI砲のイズムとイデオロギーの戦いは平成の孫弟子たちによってこれからも果てしなく続く事でしょう。

参考文献
 竹内宏介著「防御は最大の攻撃なり!!」(日本スポーツ出版) 
 「G SPIRITS」(辰巳出版)
 「昭和プロレス殿堂」(携帯サイト)
 
*力道山対木村政彦
昭和29年12月22日、蔵前国技館で行われた相撲出身の力道山と柔道出身の木村の昭和の巌流島決戦と形容された日本ヘビー級選手権試合。
試合は木村の蹴りが力道山の急所に入るアクシデント?があり、力道山が顔面に張り手を連発、木村を戦意喪失に追い込みKO勝ちを収めた。試合後、木村が「引き分けの密約があったのに力道山が約束を破った。」と一部で発言、物議を醸した。
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